1.4月 3

「あ、考ちゃん、お疲れ様」 「ただいま。麗奈、学校は?」 「行くよ。まだ8時やで、考ちゃん」 「なんや、まだ8時か」 「私、今から朝ごはん食べるけど考ちゃんも食べる?」 家に帰れば麗奈が起きてパタパタと忙しく動き回っていた。 今は大学生なので、そこまで朝は早くはない。 今日も講義は2限かららしく、今起きたばかりの様だった。 彼女が朝食を考輝の分も作ってくれるというので甘える。 仕事自体はもう少し早く終わったのだが、 スタッフと色々打ち合わせをしたり世間話をしたりしていたらあっという間にこんな時間。 今日も夜から仕事なので早く寝なければいけない。 その前にちょっと小腹が空いたので、彼女の朝食を夜食にすることにする。 今月末はラビットドームでのコンサート。 来月は関西ドームでのコンサートを控えている。 体力を落として体調を崩すわけにはいかない。 手伝おうとキッチンに行けばあっけなく追い返される。 「考ちゃん邪魔やから、そっちでお菓子でも食べてて」 「なんや、邪魔って」 「考ちゃん、料理できないやない。手、怪我したらギター弾けなくなっちゃうやろ?」 「はーい」 そう言われてしまえば元も子もない。 彼が料理が出来ないのは事実だ。 子供の頃から料理に興味を示さなかった。 簡単な料理ぐらいできれば麗奈の役に立てるかもしれないが、キッチンは彼女のテリトリーだった。 「そういえば、司にカレーのレシピ教えるって約束したんやって?」 「うん、したね。その代わり、美味しい生姜焼きの作り方教えて貰うんやで」 「麗奈の生姜焼きは充分上手いやんけ」 生姜焼きは考輝の好物でもあるので、彼女の料理のレパートリーの一つでもあった。 今のままで充分満足だ。 それでも、まだ美味しくさせるコツがあるらしい。 いつの間に料理が得意な麗奈と司の間で情報交換ルートが形成されてしまったのか。 面白くはない。 手元にあった新聞には贔屓の東京ラビッツが、 中部クレインズに10-0で負けた一昨日のゲームの事が書いてあり更に面白く無かった。 このまま負けが続くと首脳陣のシーズン中解雇もあり得る。 「来月、始球式するんでやろ?考ちゃん。練習しないとね」 「せやで。5月10日、ラビットドームでな。下手な投球でけへんからな」 「中学までやってたもんね、野球」 「今でも草野球でちょこちょこやっとるよ」 同期の面子と始めた草野球は今は皆が忙しくなってしまい面子が揃わなくなっていて休止状態になっている。 暖かくなってきたことだし、今月中に一度くらいは対戦したかった。 とにかくストライク投球が目標だ。 「高瀬選手に会えるんだー、いいなぁ」 「できたらサイン、貰ってきてやるな」 「考ちゃんもサイン書きまくる羽目になるかもね」 自分のサインが子供の頃から憧れていた野球選手のサインに化けるのなら いくらでもサインを書きたいところである。 ミーハーの様で恥ずかしいが、当日は色紙を大量に持って行くことになりそうだ。 「考ちゃん、ご飯できたから運んで」 「あいよー」 彼女に呼ばれてキッチンへ向かえば、カウンターに苺ジャムチーズトーストが乗っていた。 甘いものが苦手な考輝のトーストはピザトースト。 急に作る事になったにしては上出来である。 彼女の料理の腕に改めて感心しながら二人分のトーストをダイニングテーブルに運んだ。 やっぱり今までのどの彼女よりも妹である麗奈が一番料理が上手く、一番考輝の胃袋を掴んでいる。 それは幸せな事なのか、はたまた不幸せな事なのか。 それは誰にも分からない。