1.5月 1
「誕生日おめでとう。誕生日プレゼント何が欲しい?」
朝一番に顔を合わせた泉の問いに即答で現金と答える。
それに泉が苦笑いを浮かべた。
毎年恒例のやり取り。
本日は弘樹の23歳の誕生日だった。
本日から埼玉に遠征中の為、一番祝って欲しい人の顔はまだ見られてはいない。
今日の応援歌はハッピーバースデーだぞと先輩達にからかわれる。
明後日登板予定の泉は今日は一応ベンチ入り。
「ラビットドーム、今日の始球式堂上考輝だって。
義巳が言ってた。
いいなぁ、義巳、間近で顔見られて。
俺も見たいなぁ。
綺麗だもんな、堂上考輝。
堂上考輝、ラビッツファンだもんな、
あーあ、真珠ドームでも超絶美形が始球式しないかなあ、俺先発の時に。そしたら俺、ヤル気出るのに」
バスの中でぶつぶつそう言う泉の頭を叩いた。
何のヤル気だよ、と突っ込む事は忘れずに。
一応ここでは彼の性的指向については伏せているのだから大きな声でそんなことは言わないで貰いたい。
ヒヤヒヤするのはいつも弘樹だ。
泉の隣では馬沙斗がいつか美形が始球式やってくれますよ!とよく分からないフォローをしていた。
「弘、ウマ、午前中暇?」
「俺らはお前と違って、試合があんだよ」
「俺だってベンチ入りだ」
「お前は登板予定ねぇだろ」
「いいじゃん、試合は夜からなんだから」
「僕は大丈夫ですよ」
「こら、ウマ!甘やかすなよ」
本日の試合は西鉄カングースの本拠地でのナイトゲーム。
交流戦真っ只中だ。
明後日先発予定の泉も遠征には帯同していた。
結局、ホテルチェックイン後、弘樹と馬沙斗は泉に連れられて外に出ていた。
外は結構晴れている。
ドーム球場だから天候は関係ないが、雨よりも晴れている方が試合がやりやすい気がするのは何故なのか。
ただ、軽い紫外線アレルギーである雪姫の事は少し心配になる。
彼女は晴れている時は夏も冬も関係なく、外を歩く時は日傘を差して白い手袋をしていた。
もちろん長袖。
夏は暑くて可哀想なので夏に外を出歩く事はあまり無くなった。
「毎年、この時期、この場所、花まつりやってるんだよ。去年来たよな?」
「そういえばそうだな」
「へー、そうなんですか」
もしかして彼はそこに男3人で行くつもりなのか。
去年はメンバーに雪姫が居たから楽しかったものの本日は彼女が居ないのだ。
男3人でそんなところに行ってどうするとツッコミを入れる前にその会場の近くに着いてしまった。
眉を寄せて泉に視線で訴えれば、泉が宥めるように笑った。
そしてポケットからデジタルカメラを出す。
「姫が間に合わないから写真撮っとけって言ってたの。俺1人で来るのは流石に嫌だ」
「あ、そうかよ」
周りには家族連れかカップルしかいない。
会場入場は無料だから近くの住人が気軽に来ているのだろう、お年寄りも多かった。
流石にただでさえ目立つ風貌の泉が1人でここに来るのは勇気が必要だろう。
バレたらどんな噂が立つか分からない。
だからと言って男3人なら目立たないかと言われればそうでもないが。
去年と景色はそう変わらない。
出ている屋台も。
去年も同じところで出ていたクレープ屋さんでクレープを買ったが、流石祭りのクレープだった。
あまり美味しくは無かったのをよく覚えている。
帽子と伊達眼鏡を掛けた泉がデジタルカメラを片手に歩く後ろを馬沙斗と共に付いて周りながら、
去年の彼女を思い出した。
一年前だからか、今とあまり変わっていない気がする。
去年は生憎の天気で雨だったが、お陰で彼女はあまり重装備では無かった。
「さて、帰るか」
「もういいのか?」
「うん。今日はやっぱり無理だな。この快晴じゃ。午後になったらもっと日差し強くなるだろうし」
「ん?何?」
「いや、独り言」
まだ5月だと言うのに暑い。
ニュースの天気予報では本日は7月上旬の天候だと言っていた。
紫外線もそうだが、暑さにあまり強くない雪姫は大丈夫かと心配になる。
病院なら空調が常時設定温度に保ってくれているから問題ないだろうが。
14時を過ぎるのに泉が昼食に誘ってこない。
1人で食べてしまってもいいのだが、泉は1人だとまず食事を取らない。
馬沙斗ももう少し待つと行っていたので、もう少し待つことにする。
「・・・で、その泉はどこ行った?」
「あ、そろそろ飯食いに行こうって言ってましたよ。泉さんは電話しているみたいです」
「義巳とか?
まあ、いいや。
飯食うなら。あいつも暑いの弱いからもう夏バテかと思った。ウマ、ちょっと喫煙室付き合って」
「え?井坂さん、煙草吸うんですか!?」
驚きの眼差しで弘樹を見つめてくる馬沙斗に
苦笑いを浮かべながら右手で少しだけというジェスチャーを見せた。
泉に教わって覚えた煙草はいい気分転換になる。
もちろん、身体に良くないことは分かっているので本数は少ない。
「雪姫さん、怒らないんですか?」
「バレてるとは思うけど一応内緒にしてる」
「バレてるって・・・匂いで?」
一緒に住んでいた時はギャンブルをする時か、家では彼女が居ない時にベランダで吸っていた。
彼女がいる時は不思議と煙草を吸いたいと思わなかったので、彼女の前で吸うことは無い。
ギャンブルをして来た時は、
周りが吸っていたと言い訳が出来たが家で吸った時の身についた煙草の香りだけはどうにも出来なかった。
何か言われたら素直に話そうと思っていたが、彼女は何も言わなかった。
結果、彼女に隠している感じになっている。
「俺は本当にちょっとだけだぞ。泉の方が吸う。あいつ寂しがりやだから」
「そうですね」
「泉も雪姫ちゃんには話してないはず・・・って、あれ?あれ泉じゃないか?」
「え?・・・そうですね。なんであんな所に?」
「あんな目立つ所に・・・あれ?」
「へ?」
喫煙所の窓から見下ろせるホテルロビー入り口に立っている姿は帽子を被ってはいるが泉だと分かった。
そこに向かって歩いてくる真っ白の日傘。
自分が去年の彼女の誕生日プレゼントであげた日傘と同じ物。
「雪姫ちゃん・・・」
「え?」
「雪姫ちゃん来てる!」
「え?あれ、雪姫さんですか?」
「間違いない!どうしよ、俺、煙草・・・」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ!」
「そりゃそうだ」
足は絶対的に馬沙斗の方が早い。
弘樹の方が慌てている筈なのに先にエレベーターの前に着いた馬沙斗がエレベーターを呼んだ。
焦る気持ちを抑えつつも自分の身体に付いた臭いを気にしながらエレベーターに乗り込んで、1階を連打する。
まさかもう帰っていることはないだろうと思いながらも不安は募った。
何故来ているのか分からない。
「泉!?」
「うわっ!?弘!ウマ!」
「弘くん!?・・・と、グースのお兄さん?」
「あ、そうそう。こいつがグース君の兄貴。俺と有馬並みに似てるだろ」
「雪姫ちゃん、何で来てるの?」
「とりあえず、飯食いに行こう。姫もまだだろ?」
とりあえずこれを冷蔵庫に入れてくると腕を上げた泉の手には袋がぶら下がっていた。
それが何かは弘樹には分かる。
弘樹と雪姫がお気に入りのケーキ屋、シルビアの袋だ。
中身は恐らくバースデーケーキ。
「弘くん、誕生日おめでとう」
「ありがとう。・・・どうしたの?」
「有給取ったの。ホークが休んでいいって言ったから。それで試合見に来たの」
「わざわざ埼玉まで?」
車で1時間半ぐらいだったよ、と笑った彼女。
半袖ではあるが肘までの長い手袋を付けていた。
「誕生日プレゼント何にしようかと思ってね、泉くんに聞いたら、試合見に来るのが一番嬉しいって言ったから」
「俺が先発の試合だったらもっと良かったけどな」
「うん、それは残念」
「あ、姫。花まつりの写真撮ってきたから後で送る」
「ありがとう。この天気じゃ具合悪くなっちゃうから行けないなって思ってたの」
「じゃ、飯食いに行くぞ。バースデーケーキは夜まで我慢な」
「何食うんだよ」
「予約してある」
いつの間にしたんだと尋ねたくなるほど手際が良い。
彼女の車は2人乗りなので、関係者用駐車場に止めてタクシーで店に向かう事になる。
埼玉は詳しくないはずなのにいつの間に泉は情報を手に入れたのか。
つくづく恐ろしい奴である。
着いた場所はイタリアンレストラン。
彼女が目を輝かせてデザートメニューを眺める。
弘樹は慣れた手つきでまず彼女の手袋を取った。
面倒見過ぎだと言われるが、これはもう一種の癖である。
「雪姫さん、まずメインを見ましょう」
「ふふ、グースみたい」
デザートメニューと睨めっこしている雪姫に馬沙斗が促せば小さく笑って顔を上げた。
どうやらいつも言われている事らしい。
それならちゃんとまずメインを決めればいいのにと思うが、彼女はいつもそうなので諦めていた。
泉は眉を寄せながら自分が食べられそうなメニューを探している。
イタリアンレストランなら何かは食べられるだろう。
「でも、まさか弘がダッシュで現れるとは思わなかったな。
もっとサプライズ的に登場させようと思ったのに。何処で見てたんだ?」
「たまたまだよ」
何処で、とは敢えて答えなかった。
目の前の馬沙斗に視線で口止めをすれば、小さく笑いながら首を傾げる。
ホテルの構図を把握している泉は大体分かったらしく、口元が歪んだ。
性格の悪そうな表情だ。
「今日、試合終わったら帰るのか?」
「ううん。泉君がホテル取ってくれたから、一晩泊まって明日の朝、帰るの。明日の仕事は夜からだから」
「流石に同じホテルは取れなくて近くのホテルだけどな。
ま、同じホテルじゃない方がいいだろ。下手にバレたら危ない。野郎ばっかりだし」
泉の言葉に弘樹は大きく頷いた。
同じホテルになんか泊まらせられない。
こちらはスタッフやトレーナーも含めて全て男なのだ。
泉や弘樹の知り合いの可愛い女の子が泊まっていると知ったらどうなるか考えるだけで恐ろしい。
「あ、グースが馬沙斗さんによろしくって」
「ああ。お世話になってます」
「こちらこそ、お世話になってます」
「で、姫、食べるの決まったの?」
「メインは決まったけど、デザートが決まらないの。チョコレートパフェとフルーツパフェ、どっちにしよう」
「弘がフルーツパフェにするから姫はチョコレートパフェにすればいいじゃない」
「何で俺が頼むことになってるんだよ」
「俺に言われなくてもそうするつもりだったろ?いつもそうじゃねぇか」
泉に痛いところを突かれた。
馬沙斗は面白そうに3人を見回している。
小さく溜息を吐いてから彼女に視線を戻せば、心配そうな表情で弘樹を見ていた。
彼女にそんな表情をさせたくなくて慌てて彼女の頭を撫でる。
せっかく休みを取って自分の誕生日にわざわざ遠征先まで来てくれたのに、
こんな表情をさせるわけにはいかない。
そして結局フルーツパフェを頼んで泉に笑われるのだ。
ちなみに同じ事を弘樹が悩んでいると、片方を必ず頼んでくれるのは泉も同じだ。
ただし、肉以外に限りだが。
注文を終えた後、雪姫は嬉しそうに弘樹を見た。
「ありがとう」
「いや。俺も食べるし」
「全く、弘は姫に甘いよな」
「泉さんも人の事言えないですけどね」
「何で?」
「泉さんは井坂さんに甘いでしょ?」
「何?嫉妬?」
何でそうなるんですか!?と慌てている馬沙斗は泉の性的指向をまだ知らないはずである。
軽く泉を視線で咎めた。
本人は隠す気がなさ過ぎて困る。
今のところ冗談で片付いているから助かっているが。
くすくす笑っていた雪姫が思い出したようにバッグをごそごそし始めたので彼女を見る。
彼女はラッピングされた箱を取り出した。
「誕生日プレゼント」
「姫、そういうのは夜に取っとけよ」
「だって試合前に渡したかったの」
「開けていい?」
「もちろん」
ラッピングされた箱は外から見ただけでは何なのかはもちろん分からなかった。
大きさからも推測ができない。
彼女から許しを得て、丁寧にラッピングを剥がしていけばようやくそれが何かを把握することができた。
肩こりや首のこりなどに効果があると言われるチタンのネックレス。
先輩や、泉が付けている物と同じもの。
欲しいと思ってネット検索などをして調べていたのをいつ知ったのか。
箱からそれを出して目の前に掲げる。
「ホークに相談したら現金とか訳分からない事言うし、困ったんだよ」
「鷹さん、間違ってないね。俺は現金欲しいって率直に言われたよ」
「もう。
それでね、色々考えたんだけどやっぱり野球関係がいいかなって思って。
そういえば泉くんはしているところを見たけど、弘くんは無いなって思って。ごめん、嫌いだったら」
「嫌いだったとしてもするから大丈夫だよな」
「うるせえ。そもそも嫌いじゃないし。丁度欲しいと思ってたんだよ。ありがとう」
「一応医療品だし、私らしいかなって思って。調べた中で一番信頼あるやつだから、多分効果あると思うよ」
多分、オーダーメイドしてくれたのだろう。
クレインズのチームカラーである緑と黄色でデザインされたネックレスには
CranesというチームのロゴとHiroki ISAKAと名前が入っていた。
名字だけにしなかったのは彼女の周りに身近な井坂姓がいるからだろう。
もっとも彼を彼女が表記する時はHAWKだろうが。
試合前に渡さなければというのは今日の試合から付けて欲しいという意味だろう。
言われなくてももちろん付けるが。
「背番号入れてもらおうか悩んだんだけどね?背番号変わったら付けられなくなっちゃうから」
「賢いよ、姫。もうこいつ背番号変えるって話来てるから」
「そっか・・・、良かった」
「これ、留め具も変えられたの?」
ネックレスを留める留め具部分を見て驚いた。
中部クレインズのマスコットであるクレイの形をしていたからだ。
先輩達のネックレスで、留め具の部分にクレイがデザインされている物は何度か見せて貰ったことがある。
しかし、留め具自体の形が違うのは初めてだ。
彼女は嬉しそうに気付いた?と微笑んで、知り合いに頼んだのと言った。
どうやらコネを使ったらしい。
鷹秋も彼女も医療界では知らない人がいない程有名なのだからそのぐらいのコネはあるだろうが、
普段それを振り回している所を見たことがない。
それを弘樹の誕生日プレゼントで使ったのか。
もっとも、仕事中は知らないが。
もしかしたら仕事中は結構傍若無人かもしれない。
「今日から着けるよ。今日、席何処で見るの?」
「三塁側内野席なの。昨日ギリギリ取れて。
だからベンチの弘くんは見えないし、泉くんも見えないの、残念」
「んなもん見なくていいよ」
ベンチの姿が見られてるとなったら気が休まる所がないじゃないかと少しホッとする。
彼女が見てくれるというのは嬉しいが、下手な姿は見せられない。
もちろん怪我なんて以ての外。
幸運が重なってスターティングメンバーで出させて貰える事が多くなったとは言えまだまだ挑戦者。
今年活躍できたら背番号48から一桁にさせてもらえるかもしれないという話を監督やコーチから聞いた。
泉はエース番号と言われる18。
2年前にドラフト1位で入団した馬沙斗は期待の表れなのだろう、最初から背番号1を着けている。
この初めて貰った背番号に愛着が無いわけではないが、
背番号が若くなることが中心選手の証明なのだとすれば一刻も早く若い背番号になりたい。
そして医療界、文句無しのエースである彼女の隣に並んでも遜色ない野球選手になるのだ。
もちろん医療では鷹秋に敵わない。
だから自分の得意分野で。
彼に劣等感を抱かないように。
自分で自分が彼女の隣に居ることを認められるように。
「今日も頑張るから、俺」
「うん、頑張ってね。怪我しないように」