1.4月 2

「喜んでいるところ悪いけどさ、この後付き合って欲しいところがあるんだけど」 「なんでもござれ!で、何処に?」 「誕生日プレゼント買いに行きたいんだけど」 「・・・まだ買ってなかったん?」 聖龍学園大学、医学部棟の学食。 高校時代からの友人である麗奈とちょっと早めの昼食を取っていた。 お昼になると学食は物凄く混むので2限の講義がない2人は先にお昼を取ることにしたのだ。 今日は2人とも1限の講義だけ。 普段麗奈は3限目の講義を取っているのだが、その講義が朝、休講が発表されたらしい。 それならとオレンジジュースを飲みながら 朝からGRACEのラビットドームコンサートが当たったと喜んでいる彼女にお願いする。 自分の兄に頼めば簡単に入れるだろうに律儀な人間である。 それに兄を見て何が楽しいのか。 「何あげたらいいか全然分からなくて」 「毎年あげとるやん」 「毎年、勝手に送り付けるだけだったもの。 今回は直接だから顔見られるんだよ?嫌なもの贈りたくないじゃない」 去年まで京都と東京に住んでいた遊梨と由樹は夏の1ヶ月間しか顔を合わさなかった。 なので、4月の半ばにある彼の誕生日にはプレゼントを東京から毎年送っていたのだ。 何を送っても必ず当日に電話が来てありがとうと喜んでくれた。 しかし今年は直接渡すことができる。 それはもちろん嬉しいが、下手なものは渡せないというプレッシャーがある。 インターネットで色々見て悩んでいる内にいよいよ当日。 全然決まらないまま迎えてしまったのである。 彼と歳が近い兄がいる彼女に助けを求める事にしたのだ。 「でも毎年喜んでくれるんやろ?」 「そりゃ喜んでみせるでしょうよ、常識的に」 「考え方ひねてとるよ?」 「ほっといて。レナも毎年あげてるんでしょ?お兄ちゃんに」 「リリィやってお兄ちゃんにあげるやろ?」 「あれは特殊。参考にならない」 「そうかもしれへんけど」 麗奈の頭に遊梨の兄の顔が思い浮かんだらしくクスリと笑みを浮かべた。 一見しては男性とは見えない彼は間近で良く見ても男性には見えないかもしれない。 彼の趣味は女装だ。 流石に大学等、 簡単に身元が割れるようなところでは姉と妹の手前、 やってはいないが、休日に何処か遊びに行く時は大体女装である。 ちなみにゲイではなく、女の子が好きだ。 彼女の話も時々聞く。 一緒に服を買ったりするらしい。 「去年は?」 「パスケース」 去年までは由樹は大学院生だった。 大学には車で通ってはいけなかったらしく電車で通っていた為、パスケースを贈ったのだ。 1年で要らなくなると気付いたのは送ってから。 しかし彼の車の中にある運転免許証のケースがこれであると最近気付き、喜びを隠せなかった。 つい聞いてしまった程だ。 「相談してみたら?」 「誰に?」 「カウンセラー」 それが今年からスクールカウンセラーとして赴任している由樹の事を指しているのは明確で、 彼女が遊梨をからかっていることも明白だ。 その証拠に軽く睨めばクスクスと笑う。 「ネクタイとかは?」 「それも考えたんだけど、大学で私服なんだよね」 今年から社会人だから、ネクタイやハンカチ等をプレゼントしようかとは考えた。 考えたのだが入学式以降、彼がスーツを着ているところを見ることがない。 それもそうだ。 他の教授や准教授もスーツを着ている人はいないのだ。 学会等になると話は別だろうが、 大学人としてはまだ新人の彼がそういう場に頻繁に行くことがあるのかどうかが彼女には分からなかった。 まあ、あって損にはならないのだろうが。 「そんな高いものは用意できないし・・・」 「そうやね」 「煙草吸うからライターとかは?」 「オイルライター?」 「でもオイルライターって持ち歩けへんのよねー。すぐオイルなくなってまうから」 「詳しいね」 彼女の兄は煙草を吸う事を思い出した。 ライターはプレゼントしたくはない。 あげたらあげたで使ってくれるとは思うが、そもそもそんなに煙草を吸われたくないのだ。 身体が心配で。 煙草を吸っている姿はかっこいい。 確かにかっこいいが、認めてしまったら負けな気がするのだ。 複雑な乙女の心境である。 財布も持つならそこそこ高い物ではないといけないし・・・と考え続ける。 学食が少々混んできて、 このままだと麗奈が学食から出られなくなるのでとりあえず学食から出ることにする。 食器を返却口に置いてから荷物を持って彼女の後に続く。 バリアフリーになっているこの大学は車椅子の彼女でもあまり不便がない。 「由樹さん、趣味とかないん?」 「趣味?女の子と遊ぶ事」 医学部棟に併設された駐車場へ向かう間に麗奈が投げてきた質問に厭味な口調でそう返す。 京都から東京に引っ越すにあたり、 付き合っていた彼女とはみんな別れたらしいがこちらで何人と付き合い始めたのかは分からない。 調べたら自分が落ち込むのは分かっているので、その情報は入れないようにしていた。 小さく溜息を吐いて歩いていると麗奈が小さく声を上げた。 彼女を見ると、名案が浮かんだとでも言いたそうな顔をしていた。 「何?」 「ボールペンは?普通のボールペンやなくてええボールペン。ボールペンなら使うやろ?」 「ああ、そうだね。訳分からないぐらい、いいボールペンあるものね」 頷けば彼女が嬉しそうに笑った。 目的地は決まった。 ここからなら10分程車で走った先に大きな文房具屋がある。 彼女の車は障害者専用スペースに駐まっていた。 彼女の為に改造されたハンドコントロール車。 彼女が運転席に乗り込むのを見守ってから車椅子を畳んで後部座席に載せる。 10kg程あるらしく、なかなか重い。 普段1人なら引き上げて助手席に放り込むらしい。 「ならとりあえず、あそこに行けばええよね」 「うん、よろしく」 「はーい、あ、由樹さんがおるよ?声掛ける?」 「いい。どこ行くのか聞かれたら困るでしょ?」 「私は困らんけど」 「私は困る」 彼女の言う通り視線の先には由樹がいた。 文学部棟に向かっているのでカウンセリングルームに向かっているのだろう。 彼が赴任してから毎日予約はいっぱいである。 もちろん殆どが女の子。 それは別に彼の所為ではないのだが遊梨は嫌気がしていた。 お陰で殆ど大学では話す機会がない。 「由樹さん、こっち見てとるよ。気付いたかな」 「目、悪いから分からない」 「そう?」 「うん、あの車何処行くんだろう?ぐらいじゃない?」 立ち止まってこちらをじっと見ている由樹から視線を逸らす。 コンタクトをしていても、 この距離の助手席に乗っている人間の顔を見分けられる視力は持ち合わせていないはずだ。 それでもこちらを見られていると思うと心臓が高鳴る。 冷静を装っていると運転席の麗奈が小さく笑った。 どうやらバレているらしい。 彼女からも視線を逸らして窓の外を見る。 忙しく変わっていく窓の景色。 遺伝なのか彼女は運転が上手い。 「私も免許取らなきゃなぁ」 「リリィ、器用やからすぐ取れるよ」 「レナはストレート?」 「うーん、一回だけ多く乗ったかな。やっぱり操作が普通と違うから」 「やっぱり運転センスあるんだね。私自信ないよ」 「マニュアル車?オートマ限定?」 麗奈の質問は彼女も悩んでいる所だった。 大学の講義が落ち着いてきたら大学生の内に教習所に通うことになっている。 親は女の子なんだからオートマ限定で充分だと言う。 仕事でマニュアル車に乗ることもないしと。 自分もそう思うのだが、姉は大反対だ。 車に乗るならマニュアル車は乗れて当然と言うのだ。 車やバイクが好きな姉と違って車など走ってくれれば問題無いのだが。 オートマ限定にしたら姉に何を言われるか。 「興味ないならええんじゃないの? オートマ限定で。 女の子はどうせ、結局は彼氏の車に乗るんやし。 女の子は彼氏の車見て、きゃー、かっこええって言ってれば、男は満足やでって」 「それ、誰が言ってたの?」 「考ちゃん」 「だろうね。あ、レナ、付き合ってくれるお礼に帰り、アイス奢るからね。一緒に食べようね」 文房具店の前に地元では有名なアイスクリームショップがあった。 そこのアイスクリームは遊梨も麗奈も好物で麗奈は視線を前に向けたまま嬉しそうに微笑んだ。 渋滞もなくスムーズに文房具店に着く。 「予算は?」 「5000円から10000円」 「結構出せるね」 「頑張ってるからね」 聖龍学園高等部は全国の御子息御令嬢の学園というだけあり、当然の様にアルバイトは禁じられていた。 資産家の子供が多いせいか、こっそりアルバイトをしている者もいなかった。 遊梨も例外なくその一人で、彼女はアルバイトをしてみたかったが環境と親が許してはくれなかったのだ。 「いくら家に金があっても、自由に使えるわけではないのですよ」 「それでも十分だと思うけどね」 「今月の軍事金を切り詰めて出してるの」 「もう、学生がパチンコってどうなの?」 聞けば全員が全員、顔に似合わないと驚くだろうが遊梨の趣味はギャンブルである。 高校時代から興味があったのだが、流石に手を出さなかった。 高校卒業して直ぐに兄に連れて行かれてからハマったのだ。 「大丈夫、楽しむ程度だから」 流石に身を滅ぼす程のめり込んではいない。 遊ぶ程度である。 今のパチンコはアニメーションやアクションが凄く凝っていて見ているだけでも面白い。 アニメやドラマと提携しているパチンコを打って、それを見始めハマってしまうという現象もよく分かる。 遊梨が店に入ると年齢確認を必ずされるのが厄介だが。 「バイトするの?」 「イーちゃんも色々してたし、私もしようかな」 「イーさんは、ガソリンスタンドだったっけ?本当にエンジン物好きだよね」 麗奈の言葉に深く頷く。 他にも色々姉はアルバイトをしていたが、一番続いていたのがガソリンスタンドだ。 あんな外にずっと立っているような仕事は辛いのではないかと思ったが、 色んな車やバイクがタダで見られて触れるから幸せだったらしい。 大学4年になった今年からは卒論だの卒業試験だのが忙しくなるだろうと辞めているが、 今彼女はどう見ても暇そうなので、その内また始めるのでは無いだろうかと遊梨は思っていた。 遊梨もアルバイトは考えている。 遊ぶお金ぐらいは自分で稼ぎたいし、社会経験を積むという意味でもやってみたかった。 求人情報も集めている。 丁度近くのクレープ屋さんがアルバイトを募集していたのが気になった。 甘い物は大好きだし。 結局、姉の事をとやかく言えないと心の中で苦笑いする。 麗奈は身体的な問題はともかく、薬学部なので、時間的にアルバイトをしている余裕は無いだろう。 「何色にするの?」 「シルバー」 「あら即答」 「うん、なんとなくシルバー」 高級ボールペンの売り場まで行けば、ショーケースに入ったボールペンが沢山売っていた。 見るだけでテンションが上がるのは何故だろうか。 高すぎるボールペンは手が出ないのでそこそこの値段の場所で止まる。 「ここらへんがいいんじゃない?」 「イメージとしては細身のがいいなぁ」 「うん、なんか由樹さん、細身のボールペンって感じする」 「でしょ?」 散々悩んだ挙句、店員が薦めたボールペンに決めた。 最近ぐんと売り上げが伸びているらしいボールペン。 試し書きをしたら確かに書きやすく軽い。 綺麗にラッピングをして貰い受け取る。 「いつ渡すん?」 「そりゃ夕食の時でしょう。みんな渡すだろうし」 「ケーキとか用意するん?」 「それは福ちゃんがするはず。焼くのかな?それともシルビアのケーキかな?」 京都に居る時はどうしていたのかは知らない。 甘い物が嫌いな福だが、彼の作るお菓子も絶品だった。 流石子供の頃から英才教育を受けているだけある。 しかし、もしかしたらご馳走を作るだけで精一杯かもしれない。 そうなるとケーキは市販の物になるだろう。 ケーキを買う店は間違えないだろうか。 「歓迎会と称して、シルビアとレキアのケーキ食べたから大丈夫だと思うけどなぁ。 スポンジケーキならシルビア、パイからレキアって言い聞かせたし」 「そうやね、美味しいもん」 「アイスならサーキンス。ね!サーキンス行こう!」 「言われなくても」 文房具店の前にあるアイス専門店でお気に入りのアイスを買う。 もちろん先に行った通り、お礼なので会計は遊梨が済ませた。 2人ともお気に入りのアイスがある。 新商品を試したいのは山々だが、結局それになる。 「朝から福さんは大変やろね」 「今日の夕飯は子供っぽいメニューなんだろうなぁ。よっくん、子供っぽいメニューが好きだから」 昔から彼はオムライスやハンバーグなど子供が好みそうなメニューが好みだった。 それはよく姉と似ている。 特に福の作るチーズ入りハンバーグが好物らしいので、恐らく本日の夕飯のメニューはそれだろう。 海老フライと付いているかもしれない。 本日は姉が暇なので姉が買い出し係を買って出ているだろう。 料理を作るのは邪魔にしかならないはずだから。 遊梨のこの予想は恐らく当たっている。 車の中が一番ゆっくり食べられるので麗奈のアイスと自分のアイスを持って車に戻る。 アイスというと京都にある、これまた地元では人気のアイス専門店を思い出す。 必ず京都滞在最終日に皆でその店のアイスを食べる決まりだった。 「あそこのアイスは美味しいけど好きじゃない」 「お別れだから?」 「そう、あのアイスを食べきったらお別れなの」 元々は帰りたくないと大泣きする遊梨を懐柔する案だったのだろう。 いつの間にか習慣となっていた。 「アイスだから丁度いいよね。 食べなかったら溶けちゃうから食べるでしょ?ケーキとかだったらいつまでも食べ切らないもの」 それを狙ったのかたまたまなのかは分からないが、アイスというのはとても親達の都合に良かった筈だ。 由樹達もしっかり理解していて、 いくらそこのアイスが食べたいとねだっても最終日にしか連れて行ってはくれなかった。 あの店のアイスカップは特徴的なデザインで、遊梨は遠くから見ても一目で分かる自信があった。 あれが空になるのは憂鬱だ。 その後、手を離された瞬間、それは1年の別れを意味するから。 大嫌い。 「だからさ、今の悩みは贅沢な悩みなのかな・・・」 「昔の自分に殺されるかもね」